進化という視点で人間社会を斬ると

友達の数と訊いて、ははん、FacebookのフレンドとかMixiのマイミクの話だなと誰もが思うSNS時代。だけど、「友達の数は何人?」にその話は全然出てこない。進化生物学と認知心理学と人類学の境界領域の話で、理系の話、サイエンスとして扱われる話題そのものなのだが、ヤバい経済学とかニコラス・ダレブとかマルコム・グラッドウェルの文系を源とする話に通じていて境界がはっきりと見えなくなってくる。ソフトサイエンスという括りはいかがでしょうか。
 
さて、人類学にはダンバー数という概念があって、1人の人間が友達と感じる人数はおおむね150人程度であるということ。提案したのが本書の著者ロビン・ダンバー氏。企業でも150人規模までは顔を覚えられヤワな組織でも回ってゆくが、これを超えると上下関係を持ち込まないと、アラが目立つようになり、集団として十分に機能しなくなるという。
 
本書は、このダンバーさんが書いたポピュラーサイエンス書であって、必ずしもこの数にまつわる話を集めているわけでもなんでもない。断片的な豆知識集として楽しめる内容だ。
 
ただ、学術研究から、成功するのは容姿端麗頭脳明晰な人です、なんて当たり前田のクラッカー過ぎて救いの全く無い身も蓋も無い結論が紹介されててそりゃ残酷。これもまたリアリティ。人間行動の多くの部分がハードウェア的都合で決まってしまっているらしい事実をつきつけられる。
 
学校教育では人間生まれたときは平等ですって教えるけど、生まれた段階でかなり差がついているという悲しい現実。徒競走で手を繋いで全員一斉にゴールというゆとり教育を象徴する映像は、平等なんて夢に過ぎないのはわかりきってるから、子供のうちは夢でも見させて上げましょう。なんて御高配をいただいたんですかいね、と。
 
進化が神を発見した、なんていう章もあって、苫米地英人さんの「なぜ、脳は神を創ったのか?」を思い出しましたね。こちらは平塚市図書缶に所蔵されてます。
 
神ありて光あれ、じゃなくて、脳が進化の過程で神と創った、そういう色々な方面からなんだかんだと言われ続けること確定の説。サイエンスのハットをかぶっているときは、ま、冷静に考えればそうなんでしょうな、と言っておいて、情操教育のハットをかぶっているときは、天網恢恢疎にして漏らさずとか、神とか超自然的な存在を前提に話をするのでしょう。二枚舌だダブルスタンダードだ夢が無い身も蓋も無い、ええ、全部当たってなくも無いけど、こういうの必要悪みたいな。
 
平易に書かれた本でもあり、大人も楽しめるし、学生さんとか中高生さんにもいいんじゃないでしょうか。サイエンスはハードサイエンスだけじゃない。深刻なサイエンス離れもちっとは改善するかも。