10年目の安定が衰退の始まりとなりませぬよう

右肩下がりがデフォルトのニッポン。

平塚とて例外ではございますまい。景気の悪い話が枕で恐縮です。

飛躍を狙って野心的な手を続々と繰り出してもせいぜい微増でともすりゃ横ばいになる御時勢。はなから安定志向なんて腰の引けたことを言ってるようじゃ、よくてずるずる、悪くすると垂直急降下で阿鼻叫喚の近未来が待っている。

ハリーポッターにしてもスターウォーズにしても、あれだけ長く続く話も、それぞれの巻で少しずつ進化、というかメインのストーリーが進展するから読者も飽きずにくっついてゆけるのだ。第5巻と第6巻の順序を間違えて読んでも気がつきませんでした、というような話ばかりでは、マンネリという著者さんにとっても読者にとっても不幸な状況を招く可能性はある。

いや、偉大なマンネリという例外も無いわけではない。永井康夫先生の「浅見光彦」シリーズの歳をとならい人々はまるで「サザエさん」のそれを見るかのようである。

畠中恵さんは「しゃばけ」シリーズですでに揺らぎ無き世界観を確立されていて、もうこのままエピソードを安定的に生産してゆけばいいと思ってらっしゃるのかもしれない。病気がちで寝っぱなしという大店の若だんな(長崎屋の一太郎)が主人公なのだから、一進一退の病状とともに物語が急展開するんだろうかと思うと、長い目で見た変化は全くといっていいほど無い。これはやはり、意図された安定志向と見るべきだろう。

しゃばけシリーズ (出典ウィキペディア「しゃばけ」)

  1. しゃばけ – 長編小説 / 新潮社(2001年)
  2. ぬしさまへ – 短編小説集 / 新潮社(2003年)
  3. ねこのばば – 短編小説集 / 新潮社(2004年)
  4. おまけのこ – 短編小説集 / 新潮社(2005年)
  5. うそうそ – 長編小説 / 新潮社(2006年)
  6. ちんぷんかん – 短編小説集 / 新潮社(2007年)
  7. いっちばん – 短編小説集 / 新潮社(2008年)
  8. ころころろ – 短編小説集 / 新潮社(2009年)
  9. ゆんでめて – 短編小説集 / 新潮社(2010年)
  10. やなりいなり – 短編小説集 / 新潮社(2011年)

番外編
  みぃつけた – 絵本 / 新潮社(2006年)
関連図書
  しゃばけ読本 – ファンブック。バーチャル長崎屋奉公人編

前作「ゆんでめて」まではよかった。何とか最後まで興味が途切れなかった。しゃばけシリーズの記念すべき第10巻となるはず(だよな?)の本作「やなりいなり」は危なかった。目先を変えてということか、レシピのようなものが各挿話冒頭に付くのは、角川文庫の人気シリーズ「みをつくし料理帖」の路線を狙うのかと誤解もしてしまった。danchuを読む私でも、このレシピは斜めに読んでしまった、著者さん御免なさい。

では、本作「やなりいなり」は読む価値に疑問をもったか。いえいえ、最後まで読んで御覧なさい。最後できっちり全部の挿話が繋がり、いつもながらのホロリとさせる結末。読んで損はございません。途中で投げ出した方は大損でございます。

ベストリクエストの変遷

図書館のホームページでは、ベストリクエストという、予約の多い図書のランキングが紹介されている。平塚市図書館では現在のところ、予約者が31人以上という書籍が77件もあるとのこと。第1位「謎解きはディナーのあとで」は288人待ちで8冊所蔵。ということで、1人平均2~3週間と考えると、今予約しても1年以上待つことになると計算される。

近隣の図書館を調べると、ほぼ共通のロジック、1冊につき12~15人予約者が増えるごとに1冊所蔵を増やすというようなロジックが採用されているように見える。そうだとするなら、この第1位に関してはかなり保守的な姿勢をとっておられることがうかがえる。冊数を絞っている、ということだ。

この作に関しては本屋大賞第1位受賞の話題先行となっていて、実際に読んでみればすぐわかることなのだが、半分以上の方は、が~っかりされる、そういう可能性が低くない。楽しいといえばそりゃイマ風に滅法楽しい作風なのだが、軽薄ギャグがすべり加減で数打ちゃ当たるだろというライトな感覚。『お嬢様の目はふし穴ですか』のあの一言がすべて、なんてノリはオイラは嫌いではないけど。アマゾンの書評欄で酷評される。一年も待って読んで満足できるような作ではない、という辛口なご意見をお持ちの諸兄もおられよう。

さきほどの平均12人~15人という数字が意味するのは、だいたい半年程待てば読める、ということだ。で、実際、ベストリクエストの様子は1年を待たずに様変わりする。一昨年1Q84が席巻してたかと思えば、その後に「もしドラ」の時期があり、続いて東野圭吾作品群が台頭、さらにKAGEROUが来て、今の東川篤哉ブームである。

アマゾンのランキングが瞬間風速の流行度を示すのに対して、図書館のベストリクエストは累積が効く形でより長い目で見た潮流のようなものがうかがえる。せっかく市ごとに明らかにされているのだから、地域性のような興味深い特徴が見えてくるかというと、残念ながら、湘南地域どころか、横浜も川崎も、さらに東京は世田谷図書館(あちらではベストオーダーと呼ばれる)を見ても大差ない。

直木賞・芥川賞を受賞した作品も上位にジャンプアップする。今期の「下町ロケット」は現在11位と好調だが前期の「漂砂のうたう」は所蔵6冊のうち4冊は書棚に並んでいてすぐに借りることができる。1年に2回ある直木賞・芥川賞に対して、長くてもだいたい半年待てば読めるというロジックは、的を得ているのだろう。さらに言えば、流行というのが半年しか持たない、ということまで示唆しているかのようにも見えてくる。

夏の夜はやっぱりホラーだ

平塚市図書館中央館も伝統と歴史を感じさせる、というか正直なところ中途半端に古めかしい、なんて言っては身も蓋もないのだが、使われてない開かずの会議室なんてのがあっても不思議ではないような雰囲気もあって、ホラーの舞台に結構いけるんじゃないかと、無責任で失礼な枕を置いて、さて本題です。

いい歳をしてゴーストハントなんて読んでてよろしいのか、この疑問はとりあえず横においておきます。なにしろ、面白いんだもの。ミドルティーンのボーイズアンドガールズが主役で、それも回顧ものじゃなくてリアルタイムで少年A少女Bが大活躍とあっては、こりゃ未成年向け学校図書御用達の類と腰が引けるのはまあ仕方がない。

強いて言えば、著者の小野不由美さんがはや50歳ということで、立派な大人であることが救いか。ご主人は綾辻行人氏とのことで、やっぱり夏の夜はホラーつながりの話で盛り上がるんかいねと余計なお世話の下世話な興味が不躾にもむくむくと湧いてくる。

さて、ゴーストハントの新装刊も第5巻『鮮血の迷宮』まで来た。アマゾンの書評を見ていると、この巻が一番好き、みたいな方もいらっしゃる。確かにここまで、右肩上がりに充実してきました感がある。登場人物のタカが、ええっと誰だったっけと、ウィキを覘いたのが失敗だった。予告なくしっかりネタバレしている。あちゃー、ナルって、その人ご本人だったのね、と。今はとりあえず知らないでおいて後続の巻でびっくりさせてもらったほうがよかったよ。ビールの前に麦茶を飲んでしまった感じ、とでも言っておきましょう。

ゴーストハントの世界観には迷いが無い。霊は、いる。が、特定の宗教に依拠しない。あらゆる宗派のマントラがそれなりに効果を示す。唯一絶対の存在に逃げない、頼らない。八百万のすべてをあるがままにリスペクトする揺らぎ無き姿勢が清々しい。

で、本作は、とうとうグローバルスタンダードへ、というか、あちらではホラーと言えばこれと相場が決まって定番化しているが、日本ではそれほどポピュラーではない。やはり、肉食を嫌う仏教の影響ということか。それにしても、最後の展開は圧巻。イマジネーションが刺激される。そして緊迫感。本当に恐い。逃げるが勝ちとはこういうことと描いて見せてくれた、見事な結末。

寝る前に読むと本当に眠れなくなってしまうので、ご用心。

密室、あるいは、鍵のかかった部屋

桃屋の『食べるラー油』下さい。

あーこれまだまだ希少品ですからねえ。

「僕」はこうして足元を見られ、売り手の言いなりとなり、『江戸むらさき』特級も『ごはんですよ』もついでに『花らっきよう』まで抱き合わせで買うはめになってしまって。

というところで目が覚めた。

ああ、そうだった。貴志祐介最新作は本格ミステリー、ということで、読み終わって枕元に放り出して寝たのだった。

表題作『鍵のかかった部屋』は確かに読ませる唸らせる。ポールオースターの高名なNY3部作最終作と同じタイトル、ググってはじめて知ったことだが、これは偶然の一致ではないだろう。確信犯的になんらかの効果を狙ってそうされたのだろうが、オマージュでもなさそうだし、ストーリー間に強い関係があることは、少なくとも表面上は感じられない。
いや、ポールオースター作を読んだわけではない。便利な時代になったもので、あらすじから読解のツボまでネットで探すことができる。

書評家の「僕」。失踪した幼馴染で親友だったファンショー。ファンショーの書いた小説を出版すべきか破棄するか、ファンショーの妻から判断をゆだねられる。出版してみるとベストセラーとなり、書評家としても成功してファンショーの妻と結婚する。その後、ファンショーから手紙がきて、結婚を祝福し、出版を感謝するという。「僕」はファンショーの伝記を書くという契約にサインした。素人探偵のようにファンショーの姿を探すうちに、アイデンティティが崩れ、泥沼にはまってゆく。

「僕」とファンショーの青春の記憶が「鍵のかかった部屋」で、それは蓋を開けると損なわれる宝物。かたや、物理的なる「密室」。とりあえず、謎解きして楽しめやと。トリックは面白かったが、即物的な密室をを心理的な「鍵のかかった部屋」と対比させるのは、読者の表面的な興味をそそる以上のいかなる効果があるのかなあと。

前衛的すぎるドタバタ劇や、妙にローテクな装置が活躍する仕掛けとか、密室をご都合主義的に作って強引に謎解きするかのようで、オモロサも中ぐらいなり、そう感じるのは私だけではないでしょう。

密室って、作家さんの挑戦意欲をそそるのでしょうか。エキセントリックな針が振り切れてしまったような強張ったような雰囲気は、貴志祐介さんらしい味付けですね。そう言ってしまってから、そりゃ毎度の誤読と、失笑まで買って帰って、江戸むらさき特級とともにやけ喰いする、そういう我が姿が目に浮かぶのでありますが。

中堅世代の危機を乗り切るMOJO開運の書

社会人になったばかりの時期にビジネス書を読みふけるという余裕のある若手でやり手なビジネスマンというのも、あまり多くないはずだ。むしろ専門のほうの勉強やOJTに時間が必要であって、それよりはちょっとメタな層で血肉となる、短期的というより長い目で見てはじめて価値をもつような本は、なかなか手が出ないというのがありがちな状況ではなかろうか。

しゃにむに全力疾走の時期は終え、ちょっと落ち着き、迷いが生じたあたりで、ビジネス書にヒントを求める。マーシャル・ゴールドスミス(他)著『コーチングの神様が教える「前向き思考」の見つけ方』の表現を借りて、MOJOを一度は得て、一旦は失い、そして取り戻す段階にあると表現することができれば、すなわち、本書は中堅世代にありがちな危機克服のマニュアルなんだな、ってな考えに行き着く。

MOJO(モジョ)、すなわち、

今、

自分がしていることに、

前向きな気持ちをもつこと。

それは自分の心の内から始まり

外に輝き出るものだ。

と本書では定義され、ときにフローやらゾーンとも呼ばれる状態。和風に言えば、憑依でもされたかのようなノリにノった状態。

ビギナーズラックなんて言葉もあるが、若いうちは勢いで成功することもあるし、恐いもの知らずで勝ちまくるが、ある年齢を過ぎると、チャンスの女神様の寵愛を受けっぱなしという状態は見られなくなる。開運グッズやパワースポットにはまりたくなる時期だ。

著者のマーシャル・ゴールドスミスはエグゼクティブ向けコーチングの権威とされるが、その著作がエグゼクティブ予備軍というか、企業の中堅層が数の上では読者の多くを占めると考えられる。

MOJOを手にするには、アイデンティティ、成果、評判、受け容れること、という4つの要素がすべて揃う必要がある、という。これらがどのように毀損され、新たに獲得できるのか、そのヒントを示してくれる。この4つの要素で分析するというフレームワークを具体的に示してくれたことが、本書の最もアリガタヤなとこなのだと考える。

特に、最後の「受け容れる」が、読んだ自分への最重要なプレゼントとなってくれたと思う。順序は最後なのだが、自分に何か深刻な問題があるらしいことを「受け容れる」のが最初にあって、それが「アイデンティティ」の再分析に始まる4段階のMOJO再獲得の旅への入り口となるのだと感じた。

さて、多くの方にとても役に立つであろうこのビジネス書、近隣の図書館で探すと、現在のところ唯一、平塚市立図書館が保有する。平塚図書館の書籍を選定される方のお目の高くてらっしゃることに感謝するばかりである。